9日は、一瞬にして500人もの子どもが犠牲になった銭座小学校(爆心地から1.5キロ)に墓参したあと、県立総合体育館で行われた原水禁長崎大会閉会総会に参加しました。
 終了後、松山町の爆心地公園まで1.2キロを平和行進して11時2分に犠牲者のご冥福を祈り、二度と過ちを繰り返さないために活動を続けることを誓って黙とうを捧げました。
 昼食後、無料開放の原爆資料館がすぐ側なのでゆっくり見学することができます。私はいつも平和公園まで行くことにしています。今年も祈念式典は終わっていましたがまだたくさんの方が祈りを捧げておられました。
 
 68年前、長崎に落とされた一発の原子爆弾は一瞬にして7万人もの命を奪い、多くの人の当たり前の人生を奪いました。何の罪もない多くの人々が身体と心に深い傷を負って、周りの偏見にも苦しみながら生きてこられました。新聞報道によると、この一年間に3404人が亡くなり、長崎原爆による死者は合計16万2083人になったということです。
 現在、こんな非人道的な核兵器(核弾頭)が世界には1万7千発以上も存在します。
8月9日 被爆から68年 祈りと誓いの長崎に
  
 
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  原爆から68年の原水禁長崎大会に行ってきました。
 
 今年は、大牟田と柳川みやまの総勢38名で参加しました。
 8日は「連合2013平和長崎集会」に参加。長崎市田上富久市長、長崎大学核兵器廃絶研究センター広瀬訓教授、被爆者の体験を語り続けている奥村アヤ子さんのお話し等を聞きました。


 
 世界中の多くの市民は核廃絶と平和な世界の実現を願っています。
 広島・長崎から提案された平和市長会議(今年から平和首長会議)には、2013年8月1日現在、世界157 か国・地域の5712 都市、日本国内では1360都市、福岡県下では58市町が加盟しています。
 
 そして、「微力だけど無力ではない」を合い言葉に、高校生が核廃絶と平和な世界の実現の高校生一万人署名に取り組み、代表が、高校生平和大使として国連にその署名を届ける活動が1998年から続いています。今年も20名の平和大使が18日からジュネーブの国連本部に向かうそうです。

 しかし、残念なことに今年の平和大会は、「核のない世界をめざす」と「核の平和利用」という考えの違いから原水禁と核禁会議が主催を外れ連合の単独開催となりました。
 
 さらに、5年ごとに開催され核不拡散条約(NPT)再検討会議の準備委員会で提案された「核兵器の非人道性を訴える共同声明」に80ヵ国が賛同しましたが、被爆国の日本政府は署名しませんでした。
 福島原発事故も経験し、困難な状況が続いている日本は世界のどこの国よりも「核と人類は共存できない」ことを身をもって経験している国です。平和憲法の理念を高らかに宣言し核廃絶の先頭に立ってもいいのではないでしょうか。


 高校生に学び、一人ひとりは「微力だけど無力ではない」こと、「核のない平和な未来」を次代に伝えるために、参加する、学ぶ、伝えること・・・
 できることを続けていきたいと思います。
8歳で被爆、8人の家族が次々と死亡、一人になってしまった・・・
46年間話せなかった、
平和の原点は、人の痛みが分かる心・・・と話された奥村アヤ子さん
銭座小学校に墓参
原水禁大会で決意を語る高校生平和大使
爆心地公園で千羽鶴を捧げ、11時2分 黙とう
平和公園の祈念式典(テレビより)
大牟田柳川みやまから一緒に参加した皆さんと